黒部峡谷トロッコ電車の歴史
2009年9月23日
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黒部峡谷の水力発電
『黒部峡谷の自然』に書いているとおり黒部峡谷を流れる黒部川の流速は早く、水量が豊富です。
その特徴から、水力発電に役立つことが注目され、電源開発がはじまりました。
工事がはじまったのは、大正12年(1923年)9月のことです。
トロッコ電車の役割とはじまり
トロッコ電車は、もともと電源開発の工事用資材を運搬するために使われました。
(たぶん、↓↓こんな感じ。宇奈月駅で撮影)

電源開発にあわせてはじめは宇奈月~猫又間の工事がはじめられ、難工事の末に
大正15年に開通。続いて、昭和5年に小屋平まで、昭和6年に小黒部まで伸長されました。
昭和12年(1937年)7月に欅平まで開通し、全線20.1kmが開通になりました。
黒部峡谷鉄道へ
電源開発の資材運搬に使われたトロッコ電車ですが、ときにはお客を乗せることがありました。
キップの裏書きに「命の保障はしません」と書き、了承のうえでの乗車だったそうです。
黒部峡谷の自然を楽しみたいの声に押され、昭和28年(1953年)に地方鉄道法による免許
を受けました。さらに、昭和46年(1971年)経営本体が関西電力から分離して黒部峡谷鉄道へ。
現在に至ります。
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